(第8号議案)ストックオプション廃止について
快楽とはなんであろうか?
辛うじて100円以上の交換価値を持つ債権を1円で受け取ることではないか。
貴社は役員報酬の一部として新株を1円で買い取る権利を付与する制度を実施し続けているが、
この制度は貴社の株価を1円に近づける効果しかないので即刻廃止すべきである。役員は自分が
勝った新株が売却できるまで株価上昇を望まない。「株主とリスクを共有する」のであれば「一株を
5000円で買い取る義務を付与する」べきであろう。
正直なところ、自分は、「これ、この人の日本語がおかしいから却下されちゃってるけど、実際問題真剣に論じる価値のあるわりと重要な問題じゃないかしら?」と感じている。
■ 論点1 ストックオプションと生株支給のペイオフ
・ペイオフ上の違いは、ストックオプションなら転換価格以下のときのペイオフはゼロだけど生株のときはマイナスになりうるという点。
→しかし、この点においては、経営者は株主とよりリンクしたモチベーションを持つことが望ましいので、生株の「マイナスもありうる」ペイオフの方が望ましいようにも自分には思われる。
■ 論点2 ストックオプションと生株の一株当たり単価
・仮に現在の株価が100円であったとする。で、社長に100万円相当の株式を支給したいとする。このとき社長が受け取るのは100万円÷100円=1万株。
・ここで、生株の代わりにストックオプションを付与するとする。ストックオプションの価格は、転換価格の設定次第で大きく変化する。例えば、リスクフリーレート2%(単利、連続複利化前)、ボラ30%、満期10年というスペックを想定すると、自分の手持ちの「ブラックショールズ試算君.xlsx」によれば、
(1) 転換価格が1円のとき(ITM)、オプション価格が99.09円なので、100万円で10,091個のオプションが付与される
(2) 転換価格が100円のとき(ATM)、オプションは39.66円で、100万円で25,215個のオプションが付与される
(3) 転換価格が500円のとき(OTM)、オプションは4.41円で、100万円で227,004個のオプションが付与される
つまり、現状のような1円ストックオプションであれば、生株1万株に対してストックオプションも10,091個と、経営者に支給される株数は殆ど変わらない。他方、アウトオブザマネーになるようなストックオプションを支給すれば、生株1万株に対してストックオプションは227,004個も支給されることになる。
→経営者により株主とリンクした動機を持たせたいのであれば、1万株あげるよりも、アウトオブザマネーのオプションをあげることで22万株相当のオプションを支給した方が、株価を上げるモチベーションは高まるように思われる(1万株より22万株の方が多いという意味において)。他方、インザマネーであれば生株支給数とオプション支給個数は殆ど変わらないので、わざわざ生株ではなくオプションにする意味があまりないのではないかと
→もちろん、インザマネーにすることで、起こりうる希薄化の度合いは低下するっちゃするけど。
■ 論点3 OTMのオプションとITMのオプションのペイオフ
・現状の株価が100円で転換価格が1円というITMのとき、経営者の現状周辺のペイオフは45度線となる。株価が90になっても110に増えても、ペイオフはその分だけ増減する。
・現状の株価が100円で転換価格が500円というOTMのとき、経営者のペイオフは直線(いずれにせよゼロ)で、無茶苦茶頑張って株価を500円以上にしたときだけプラスとなる。逆に、株価が下がっても経営者のペイオフは減少しいない。
→OTMのストックオプションを支給すると、経営者は「ミスっても失うものがないが、成功したら儲かる」という非対称的なインセンティブを持つことになり、過度のリスクテイキングを誘発する懸念がある、とも言える。
→仮にOTMストックオプションが持つ過度のリスクテイキングは嫌だということであれば、代替案はITMオプションに限らず生株でも良い気がするのだが。。というかITMオプションって殆ど生株と変わらないような。
■ 論点4 プロスペクト理論
・プロスペクト理論によれば、人は勝ち分については保守的に考えがちで、損失については積極的に考える傾向がある
→得しかないストックオプションを付与しても(特にITMのオプションを付与しても)経営者は利益確定行動というか、利益追求の手綱を緩めてしまいはしないだろうか
→生株であれば損の状態が生じえて、その際は経営者はきっちりリスクテイクしてくれるのではないか
※ただし、個人の行動に関するこのプロスペクト理論が、Fiduciary Dutyのもと合理的に活動すると思われる経営者の行動にも影響するかどうかは不明。まあ影響しそうな気はするけど
■ 論点5 設計・管理上の論点
→オプションは計算が難しいし、恣意性が排除できない(シグマの置き方とか)一方で、生株は時価を見るだけなので客観性についても計算難易度についても完璧
◎結論
・現状のようなITMのストックオプションを付与することは、自分は最良のプラントは思えない。生株と殆どペイオフが変わらないくせにダウンサイドがなかったり計算がややこしかったりするばかりなので。
・なので、生株を支給するかOTMのオプションを支給するかの2択で、そこからは株主の好みで決めればいいのではないかと思う。OTMオプションにすれば生株よりたくさんの株を(潜在的に)経営者に付与することになり、かつペイオフダイヤグラム上経営者はガンガンリスクテイクしてくれる。生株であればその辺経営者はストレートにやってくれるように思われる。どっちがいいかは株主の好み次第
・上記提案については、「5,000円の生株」というのを「500円のストックオプション」にすれば、経営者も真剣に回答を検討せざるを得ず、わりと有益な議論が得られたかもしれないと思う
■ 番外 ストックオプションとワラントの比較
・ストックオプション:発行体が当該企業とは限らない。投資家同士が相対で取引できる、いわゆる普通のオプション。多くの場合市場性確保のためにスペックが標準化されている
・ワラント:オプションという点においてはストックオプションと同じ。企業が発行して投資家あるいは経営者などに売ったり授与したりするもの。市場性が求められていないのでスペックは任意に設定される
・あるいは、オプション単品の場合はストックオプション、社債にビルトインされたりする場合はワラントと言われたりするようにも思われる
■ 番外2 経営者ではなく従業員に生株あるいはストックオプションを付与することについて
→従業員一人一人の貢献度と企業価値の連動度が比較的高いスタートアップなら合理性はあるが、大企業においては従業員一人が株価に与えられるインパクトなど高が知れており、従業員にとって不必要なリスクを取らされているようにしか思えない。従業員が欲しければもらった給料の中から勝手に自社株買いをすればいいだけで、株式で支給することは企業にとってはメリットがあっても従業員にとってはあまりメリットがないと思う
■Further Reading
・起業のファイナンス(リンク)