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Monday, May 28, 2012

GMAT

ブログの整理をしていたら、出願回顧のカテゴリーを作ってTOEFLとインタビューの話はしているのにGMATの話をしてないので一応書いておく


・GMATは670→710と推移して、700を超えたので終了。TOEFLとか子育てとかゴルフとか色々あったので、710を730にする作業にモチベーションを注げる気がしなかったのでやめちゃった。なので、MBAではGMAT苦労話が割と聞かれるが、自分はいつも「むしろTOEFL苦労話しようぜ」という感じ。

・勉強はアゴス。正直ここのTOEFLのクラスは全てFxxxだと思ったが、GMATの授業は特に問題を感じなかった。公式問題集をやって、授業受けて、復習して...ってのをやっただけで、それ以上特別なことはせずに済んだので多分先生(と自分の相性)が良かったのだと思う。TOEFLの合間にしかやっていないので、結果÷努力レシオを見たらGMATが「超いい」でTOEFLが「最悪」というイメージ。。

・当時の記録を振り返って思い出したが、毎日仕事の昼休み時間に、同時期に留学する友人とTOEFLやらGMATの作文(AWA)やらの交換添削会をやっていた。おかげで数こなす機会が得られたので友人には感謝している

・自分はたまたま早いタイミングで「そこそこ」が出たラッキーだったが、周囲ではアンラッキーな人も結構いて、塾無間地獄みたいな世界に突入していた人も...
どうやらGMATはかなり相性が分かれるみたいで、自分と同程度の知的レベルと思われる人が衝撃的に低い点を取ってへこんでいたり、自分より頭悪そうな人があっさり700点台とって終了していたりという悲喜こもごもが結構あった。なので、仮にアドバイスできることがあるとしたら、「とりあえず早めに軽く準備した上で一回GMATを受けて、GMATと自分の相性がどんなものか知ると良いのではないか」と言う感じのことは思った記憶がある。自分は一回目で「たぶん俺相性いいな」と思い、その勢いで2回目でやめてしまった。

・一回目は、とはいえ、結構不満の残る経験であった。というのは結果が悪いとか良いとかそういうのではなく、途中で眠くなってしまったから。明らかに集中力が途中なくなってしまったのだ。そこで、2回目は確か栄養ドリンクを直前に飲んだ気がする。そのおかげなのか何なのか全然わからないが、そのおかげで2回目は少なくとも集中力は最後まで切れなかった。

・とにかく、GMATがあっさり終わったことは、自分の受験経験の中で数少ないグッドニュースであったように思う

Tuesday, October 19, 2010

インタビュ-回顧

・今日知ったが、先日のとある企業説明会(投資銀行のアジア部門)に、UCLAの出願時に自分のインタビュアーだった人がプレゼンターとして参加していたらしい。知っていれば説明会にも参加して礼の一つや二つ言ったのだが、残念だ。せっかくなので、ここでインタビューの思い出を記しておく。

・その人はとある投資銀行のお偉いさん。受験当時の自分のテンションを下げたのは、何よりも、その人から来たe-mailを見る限りその人が日本人ではなかったこと。いわゆる中国/台湾系の名前。聞いていた話ではインタビュアーは日本人とのことだったので、「何で俺だけ外人さんやねん」と思った記憶がある。また、その人の勤務先が投資銀行というのがまた萎えた。投資銀行で出世しているということは頭がかなり切れるということであり(日本の企業であれば、出世しているということは単に年齢を重ねているだけの可能性が高い)、自分の生半可なトークが通用するとは到底思えなかったのだ。ということで、この人から「僕と面接しましょう」と案内が来た瞬間、「ああUCLAオワタ」と思ったものだった。

・しかも、当日にアクシデント。朝起きたら突然風邪をひいており、しかも滅多にないことに声が出ない。んなバカなと思ったが、こんなときにまさかの初体験をしてしまった。仕方がないので会社を休み、病院にて喉の奥に薬を塗ってもらい、昼まで気絶。

・昼に起きたところ多少回復の感があったので、待ち合わせの時間の少し前にオフィスがある街へ。時間潰しのため入ったルノアールで飲んだ砂糖多めのホットティーが心底おいしく、また喉に良かった。薬と紅茶のおかげで、とりあえず声は出るようになったのでいざ戦場へ。

・で現地到着。美人受付に連れられて、やたら天井の高い応接に通される。室内の電話のところにある張り紙が英語オンリーであるとか、椅子がゴージャスであることとか、そういったディティールにいちいち圧倒される。そして肝心の面接官氏は一向に現れない。そのため、面接官氏が到着することには、自分のテンションはかなり低くなってしまっていた。

・とはいえ予定時刻30分後ほどに面接官氏が入室。事前の調整メールの文面から類推する限り、無駄な表現が全くなかったことなどから超合理的な機械のような人間を想像していたが、見ためは意外と普通、というかむしろ肩書の割にはずいぶん若く見えた。笑顔であいさつしてくれて、レジュメは予め読んでおいたよと言ってくれたことで和み、かつテンションを戻すことができた。

・しかし面接開始1分で和みムードは一気に消失。自己紹介の前にまず第一声が「自分は日本の社費留学生が嫌いだった。あいつら皆が必死に就職活動している間ゴルフにかまけていて、外国人とのネットワークを深める意気込みも全然感じられないし」とのこと。皆が就職活動している間にゴルフにかまけるのも悪くないかなと思っていた自分にとって、これはかなりきつい先制攻撃となった。かなり面食らいはしたが、なんとか持ちこたえて「普通の社費留学生はそうだろう、彼らは留学してもしなくても処遇も仕事も大して変わらないのだから。しかし自分は違う。なぜなら自分にはやりたいことがあり、MBAを取れば今の社内でそれができるように...」とベタではあるが志望動機でカウンターを試みた。特に響いた様子はないが、一応「なるほどね」とは言ってもらえた。

・その後もいつものパターン通りにことが進まない。上記のオープニングの後に自己紹介をやらせてくれたが、直近の仕事がエコノミストであることを見るや否や「今後の金利の動向如何」「政権交代による経済へのインパクト如何」「日本経済の最大の問題点は何か」等、当時の仕事に直結した経済絡みの質問がマシンガンのように続いた。その都度必死に説明を試みたが、ふと気づくと「・・・という問題意識を持っており、それを解決するためには●●を誰かあるいはどこかの会社がする必要がある。然るに自分の勤務先ではそういったことを手掛けており、MBAの知識さえあれば自分がそれにかかわることができるのだ」みたいなノリでちゃっかり自分の話に落としている自分がいることに気付いた。風邪で頭が朦朧としていたのが逆に作用しているのか、他校の面接では言えなかったような細かいニュアンスまできっちり説明できていることに喋りながら驚いていた。

・で、何かの質問に対する応答に絡めて「自分が得たいのはentrepreneurialな知識ではない。そんなの日本の本屋で勉強できる。自分が得たいのはentrepreneurialな空気、人をencourageする空気なのだ。自分はこれまで比較的官僚的・保守的な文化の職場の経験が長く、人を認めるよりまず批判してしまうところを直したいと真剣に悩んでいる。そのためには東海岸の学校ではダメで、西海岸に行って学校の内外で経験を積まないとだめなのだ」とポロっと言ってしまった。またずいぶん抽象的なことを言ってしまったなぁといった瞬間後悔したが、思いのほか反応が良くラッキー。落ちた学校では、この手のやや抽象的ではあるが本音ベースといった話をあまりできなかったな、今思えば。

・という感じで、典型的な質疑はなかったものの、周辺的な話題→無理矢理志望動機 というパターンを90分ほど繰り返しようやく面談が終了した。想定外の質問が多過ぎたので、色々応答はしたものの感触は決してよくなかった。しかし、今思えば、嘘くさい志望動機やバックグラウンドを喋らされるよりも、自分の本当の話をさせてもらえたのが良かったように思う。そんなこんなで無事に合格を頂き、いまこうしてLAでもがいているわけだが、あのときあの人に語った自分の未来計画は、はっきり言って全然進捗できていないなぁ。うーむどうしたものか。

Thursday, July 22, 2010

TOEFL

自分が苦労したのはなんと言ってもTOEFL(iBT)。68点から始まり106点で終了したが、受験回数は実に23回。
恥ずかしながら、こんなにたくさん受験した人は周囲にもあまり多くない。

初受験は2008年の秋で点数は68点。数年後に留学の社内選抜に合格できればと思い、表参道にあるPRESENCEというスクールに通いがてらお試し受験。
MBAの一般的なゴールが105点であることを考えるとかなりひどいが、社内選考に合格するのは数年先のことだと思っていたので「数年かけてじっくり伸ばせればいいので大丈夫」と油断していた。
ちなみに、PRESENCEでは有名な『TOEFL英単語3800』をランク3まで頭に叩き込むとともに、文章のシャドウイングをみっちり行った。個人的には、ここで英語の基礎体力を養っておかなかったらもっと受験回数は増えていただろうと思っている。

同年冬に状況は一変。数年先に合格できればと思っていた会社の社内選抜に合格してしまう。
「数年かけてじっくりと」から「1年以内に105点必須」に目標を大幅上方修正せざるを得ず、あわてて渋谷のアゴスの門を叩き薦められるがままにTOEFL・GMATの講座を申し込んだ。
アゴス開始直前のスコアが95点で、アゴス受講後にスコアは99点に。しかし、あろうことかここで油断してしまった。「100点まであとたったの1点」「100点取れば門前払いの学校はかなり減るはず」「むしろ99でもいける学校はある」等考えてしまい、本来ここでラストスパートすべきだったのにTOEFL対策をやめてしまいGMAT対策を始めてしまった。

おかげでここからスコアは気持ち良いほどに停滞。受けども受けども90点台後半。
アゴスの講座も既に終了しており改善余地もなく、数打てど当たらない日々が続いた。
テストセンターが横浜しか空いていないことが多く、毎週末早起きしてiPodでリスニングの練習をしながら横浜まで行き、試験終了後手応えのない微妙な状況で駅前のラーメン屋に通ったのが苦い思い出だ。
リスニングになると眠気を催すという症状に苛まれ、「栄養ドリンクを飲む」「朝食のタイミングを工夫する」「行きの電車ではUnderworldとかを聴いて交感神経を刺激する」「逆にジークフリート牧歌とか静かな曲を聞いて神経を高ぶらせないようにする」など、ありとあらゆる(無駄な)努力をしたものだ。

ブレイクスルーは9月、エッセイカウンセラJeffがDonaldを紹介してくれたことであった。
もともとDonaldのことは会社の先輩から聞いて知ってはいたのだが、最初アクセスしたときはタイミングが悪く満員でクラスに潜り込むことはできなかった。
その後ちょうどJeffに師事するようになった直後にDonaldの紹介を受け、タイミング良くクラスを受講できることになった。
Donaldのクラスの状況は大きく改善。受講後間もなくスコアは99から106に改善しようやくTOEFL地獄からの脱却を果たすことができた。
スピーキングのみならず、リスニングやライティングについても示唆に富むアドバイスを貰ったおかげで、各セクションのスコアがベストスコア近傍で安定するようになり、スコアを計算できるようになったのは本当に大きかった。
今でもDonoさんとは懇意にしてもらっており、Jeffとともに長い付き合いを続けていきたいと思っている。

それにしても、なんとかTOEFLこそクリアしたが、相変わらず英語についてはあまり自信を持てない。
リーディングについては英語の本をスピードは遅いものの不自由なく読める程度になったし、ライティングについても逐一辞書に頼らずとも簡単なエッセイや手紙ならさらっと書けるようになった。
しかし、リスニングやスピーキングとなるといまだに全然自信がない。
思うに、これはTOEFLで求められる英語力と現実で求められる英語力との乖離のせいなのではないだろうか。リーディングとライティングは、現実で求められる水準とTOEFLの水準に大きな差異はない。他方、リスニングやスピーキングは、現実の応答にキャッチアップするにあたってはTOEFLの定型的な問題はあまり助けにならない。
TOEFL問題が非定型的になってしまうと難しくなってしまって受験生としては困るが、実践への有用度という点においてリスニングとスピーキングは改善余地があると言えるのかもしれない。