2. 『働きながら、社会を変える。』(慎泰俊)
著者は自分と同世代。というか多分同い年。PEファンドで働きつつ、パートタイムで貧困問題に取り組むNPOを運営しており、本書は氏の取り組みや、取り組みに至るまでの経験や分析、さらには「パートタイムで社会問題に取り組むこと」という生き方について述べられている。
自分はなにかの縁で著者のことをツイッターでフォローしていて、本ができるまでのプロセスでの氏のつぶやきなども目にしていた。最終的に購入を決めたきっかけは誰かのブログだが、ある意味においては著者自身にひかれて購入を決めたとも言えるのかもしれない。
氏の活動それ自体も大変興味深く、可能なら日本帰国後なんらかの形でフォローしていきたいと思っている。だが、それ以上に、「帰国後、自分はどう生きるか」という自身の問題意識に対し、本書はかなり強い示唆を与えてくれている。パートタイムで動く、というロールモデルとして、引き続き氏をフォローしてみたい。
それ以外に驚いたのが、氏のネットワークの豊かさ。文章の端々に、氏の交友関係の広さが窺えるような記述が出てくる。特に、いわゆる金融コンサル的な文脈から離れた、芸術や文芸等のネットワークがあることに氏の強さを感じた。本文のなかに「パートタイム活動をすることが、まわりまわって本業にも役に立つ」といった記述があったが、氏のネットワークも同様の「間接的に氏の仕事や人生に貢献する」という役割を果たしているように感じられた。
もう一点、氏の著作を読んで感じたのは、教養の重要性。引用されている古典の量、データ解析のクオリティ、データ分析とその解釈の間の適切な距離感など、文章の端々から「この人、相当勉強しているな」ということが窺えた。単なる「ファンド×NPO」という経歴勝負の人でもなく、児童養護施設の体験だけで勝負する突撃ルポライターだけというわけでもなく、総合性のある充実した文章に仕上がっているのはまさに氏の教養のおかげであると感じられた。
今回、小澤/村上本と本書を立て続けに読んだのだが、
といった対比ができるように思われて面白かった。・小澤/村上:仕事それ自体が人生の主要な喜び
・慎:仕事それ自体も充実しているが、それだけが全てではなく、パートタイムでの活動にも喜びを見出す
「どちらの生き方がベターか」という話ができないこともないが、個人的にはそれはややナンセンスだと思う。
むしろ、「仕事それ自体にせよ、それ以外にせよ、自分の人生の喜びとなるような何かを見つけ、あるいは見つけようとする姿勢を保ちつつ、その何かに一生懸命打ち込むことが人生の充足度を決める主要因になる」ということが両者から自分が感じた点。年をとったのか、あるいは帰国が近づいているからか、自分は最近「帰国後どう生きるべきか」という点についてずいぶんと思い悩んでいる。(そのくせ転職についてまったく考えなかったのは、単にめんどくさくて現実逃避しただけなのだが、、orz)この2冊の本は、どちらともその主題は「どう生きるか」ということそれ自体ではない(後者はテーマの一つに「パートタイムNPOという生き方」が含まれているが)。しかし、自分がこの2冊を続けて読んで得た示唆の中で一番大きかったのは「どう生きるべきか」という点であり、その点において大変参考になった。
なお、本書は、もしできることなら「イージー版」があれば素晴らしいのにな、と思う。自分のような氏と似た境遇の人間であれば、共感しながらスムーズに読み進めることができるが、特に分析の章が本書の「読みやすさ」をちょっと阻害してしまっているように思われる。本書は、自分のような「悩めるアラサーサラリーマン」がメインターゲットなのかもしれないが、そのポテンシャルを考えるともっと多くの人に読まれる価値があると思う。たとえば体験談の第1部と取組の第3部を膨らませつつ第2部を簡素化するような簡略版を作り、二方面作戦をする価値は十分あると思った。あるいは、氏の著作や活動を広めることが、氏の周辺にいる誰かの仕事として真剣に検討されるべきなのかもしれない。届くべき人には届くが、それ以外の人にはちょっとリーチしづらいかもな、という感想。