最近来客や会食等で外食が多いので、せっかくだから行った店とコメントを一言ずつ
■ ラーメン部門
・山田屋(West LA店)
安定感があるが、スパイスをもう少し和風のやつにしてくれないかしら(辛くする=チャイニーズ風になってしまうのがなんとも)
・つじ田
最近妙に注文から出てくるまでが速い。おそらく麺を作り置き(茹で置き?)しているのだろうが、たまに麺のコシが微妙なときが。でもやはり当地では随一レベルの美味しさ。
・宮田麺児
自分は美味しいと思ったが、おそらく相当人を選ぶと思う。うちは、話をしただけで妻と娘が受け付けないので、彼らが出かけているときにしか行くことはなさそう。。
・山頭火
当地ベストのラーメンでないことは重々承知しているのだが、なぜか定期的に食べたくなるのはここ。一番ソウルフード的とでも言おうか。あと個人的には、毎回ついついいくら丼を食べてしまう。。
・わかさんち
ランチであるラーメンが、実は大のお気に入り。醤油ラーメンはかなり懐かしい感じ。
・麺達(コスタメサ)
遠いのでそうそういけないが、滅茶苦茶美味しいわけではないが安定感のある感じで良い。近所にあったら、「飲み会の後、ついつい寄って一杯食べてしまう」感じの店。このアットホーム感は、山田屋にもつじ田にもないのだよな。。
■ ハンバーガー部門
・In-n-out
Value-to-Cost 比率のようなものを取ったら、ここは個人的にはトップ圏内だと思う。ついつい頻繁に立ち寄ってしまう。
・Father's Office
子連れでは土日の昼のテイクアウトしかできないのが難点だが、その苦労を買ってでも食べるべき美味しさ。ハンバーガーもうまいが、ポテト+タルタルソースが神がかり的に美味しい。
・The Counters
ここも有名だが、選択肢が多過ぎて逆に美味い組み合わせいたどり着くのが難しい。自分達がベストと思うコンビネーションを提示してくれてもいいのだよ、と個人的には思う。この価格帯のハンバーガーを食べるなら、ここではなくFather's Officeを選びたい。
・Five Guys
東海岸では有名とのことだが、安定感のある美味しさ。ただ、味以前に、毎回無料の落花生を食べ過ぎてしまい、ハンバーガーが来るころには腹がふくれてしまっているのが...
・Umami(最近行っていないのだが..)
ここは最早、ファッションになってしまっていて、逆に行ってはいけないかなぁという感じ。
■ その他
・セイコウエン(焼肉)
最近初めて行ったのだがあまりの美味しさにびっくり。店のぼろさにもびっくりしたが。。
・Harris Ranch(CA州中部)
ステーキ。ただひたすらに美味しかった。気が付いたらぺろっと平らげてしまっている感じ。
・寅福(和食)
昼なら比較的リーズナブル。メニューに当たり外れが大きく、例えばトンカツは全然だが、鳥のグリルとか焼き魚は美味しい。あと、なんとなく接客がいまいち。
・Pita Berra(Westwood)
学校近くのピタ屋。友人に連れられて行ったのだが、その美味しさに衝撃を受けた。In-n-outの隣にあるので、最近はあのエリアに行く度どちらにしようか悩む。
・カフェヒロ(サイプレス)
洋食のお店としては随一のレベル。ここのウニパスタを食わずに当地を去るとかありえないレベル。帰国までに、誰か引きつれて、たくさんのメニューを少しずつシェアしたい(家族3人では、2品頼んで終わりになってしまい、あれもこれも食べたいのに食べられない-2品のうち一つはウニパスタにせざるを得ないので..)
・大吉寿司(トーランスミツワ)
誰に行っても理解してもらえないのだが、トーランスのミツワの大吉寿司は、他のミツワのそれよりも圧倒的にネタが大きいし、美味しい。下手なSushi食べるくらいなら、ここの盛り合わせ食べた方がよほど幸せになれる。。
・Catalina Kitchen (パロスバルデス)
Terranea Resortというリゾート施設内のレストラン。全体的に高いけど量も多いので、割高感はない。しかも美味しい。そして何より、誕生日であればSurf and Turdなるステーキ+ロブスターという豪快なコンボ($49)が無料で貰えてしまう。デザートも大きいので、2人で一つくらいにしておいた方が得策。
Friday, May 11, 2012
ネゴシエーション まとめ
0. 交渉準備
・そもそも、交渉してよいのか
・己と敵を知る
・ゲーム理論的発想
・BATNAを探す
■ そもそも、交渉していいのか
・交渉することで、相手が心証を損ねるリスク
・「そういうのは会社でやれ。家に持ち込むな」
■ 己を知り、敵を知る
・ 自分の目的は何か?何が最重要で、何は妥協可能か?
・交渉相手の目的は?
■ 交渉相手は友人ではない
・ 商談相手も、社内調整の相手も
・ 自分の利益を追求することは恥でもなんでもない。相互に自分の利益を追求した結果衝突は起きるが、それは必要なコストであり、回避するともっと厄介なことになると心得る
・変に遠慮してしまう方が、仕事のパートナーとしては悪印象を与えかねない。自己あるいは勤務先のために全力を尽くせない人が、一緒に組んだ時にいい仕事をしてくれるだろうか
・ドライにすることと、信頼関係を保つことは両立可能。妥協しないと保てない良好な関係って何?
■ ゲーム理論的発想=ナッシュ均衡
・ナッシュ均衡:相手がXという行動をとると仮定したら、自分ができるベストの対応は何か?
・数手先を読む:相手X→それに対して自分Y→相手もYに対応してZ→... 現実的には、1回か2回ほど繰り返せば十分で、繰り返し過ぎても逆効果
■ BATNA:「じゃあいいよ、●●するから」という代替案
・代替案があれば、「じゃあいいよ、●●するから」とできる
・BATNAがベターであればあるほど、不必要に妥協する必要が減るので交渉力は増す
(例:他社からもオファーが来ているのであれば、あなたは勤務先との年俸交渉でより強気になれる)
1. 戦略レベル
■ ポーターの5 Forceとか
・ 買い手が自分一人で売り手が複数いたりした日には自分の交渉力は強まる。相手が談合しない限りにおいて、極限まで買いたたける(極限=いずれかのBATNAの高い方マイナス1円)例:東大理Iクラスの女子
・売り手が自分一人で買い手が複数いるときも同様、極限まで値段を吊り上げられる(極限=いずれかのBATNAの低い方+1円)例:車の売却
・言い換えると、(1) 他の競合が来る前に勝負を決めろ (2) 違法出ない限りにおいて談合余地を検討してもいいかもしれない。
■ パイを広げる
・交渉はパイの奪い合い、これは不可避
・しかし、何らかの協調により、パイの大きさを拡大することはできるかもしれない
・パイの奪い合いはガンガンやるべきだが、その前に、パイの大きさを最大化すべく協調できると両者得する
■ 複数論点をつくる
・パイ拡大の一策。複数論点があれば、バーター余地が生まれる
・一見論点は一つしかないように見えても、複数の論点が隠れていることも。隠れている論点を掘り起しバーターに持ち込む発想
■ 見解の相違は活用できる
・「まずは前提条件に関する相違をなくすべく交渉」みたいなことは不要
・見解の相違があるときは、同じ条件が自分にとっても相手にとっても+ということがありうる
・見解の相違を活用するためには、見解の相違を相互理解するための信頼感形成が重要
■ 情報共有と信頼
・情報があればあるほど有利なので、不必要に相手に情報を渡さない。相手は友人ではない
・他方、情報を共有することで双方が得することがある
・信頼関係をベースに、ひとつ与えてひとつ取ると言う形で情報共有を進めることができると良い
・信頼関係を築いてパイの大きさを最大化できれば、その後のパイの奪い合いが50:50にならなかったとしても両者ある程度満足できて、良き対戦相手に対する尊敬のような関係を築きうる
2. 戦術レベル
■ アンカリング(Anchoring、錨をおろす)
・自分が相手に「年俸は1,000万円でどうですか」と言ってしまえば、相手はゼロベースで考えることができなくなり、1,000万円が良いか悪いか、1,000万円からどのくらい価格を上げられるかという発想に陥りがちになる
・逆に、相手に何か最初の提示をされたとき、相手はアンカリング目的でふっかけてきている可能性があることに注意
・対策:相手の提示を半分無視して、自分からも提示してしまう
相手「年俸は1,000万円でどうですか」
(NG)自分「1,000万円は低い。もう少し上げてください」
(OK)自分「いえ、5,000万円でどうでしょう」
■ サンクコスト・サンクベネフィットをかきまぜる(BATNA応用)
・理論的には、交渉の余地があるのは、サンク部分を除いた部分に限られる。たとえば、既にCさんから「2,000万円で買います」というオファーを貰っているときに、Bさんと土地売却交渉をしたとする。このとき、仮に売却価格が3,000万円となれば、自分がBさんに売ることによって得られる追加的な利得は1,000万円であり、3,000万円ではない。2,000万円はBさんに売らなくても得られたものであり、サンク。
・この2,000万円をサンクと考えれば自分のBATNAは2,000万円となるので、仮にBさんと利得を公平にシェアするのであれば、落としどころはAvg(2,000万円、BさんのBATNA)となる。たとえばBさんのBATNAが4,000万円であれば、落としどころは3,000万円となる
・しかし、Bさんが「2,000万円がサンク?んなことあるか。お前は俺が払った分全額得するのであって、俺が払った金額マイナス2,000万円なんて知らない。なので、公平な中間地点は、3,000万円ではなく、Avg(0, 4,000万円)の2,000万円だ」と言ってきたとき、あなたはちゃんと反論できるだろうか?
・相手が2,000万円より低い金額を言って来たら断ることは簡単だが、2,000万円がサンクベネフィットで、中間値計算にあたっては考慮すべきではないとロジカルに説明しきるのは案外難しい。
・ディフェンスの観点からは、サンクベネフィットがサンクであることを説明できるようにしておく必要がある。
・オフェンスの観点からは、「まあサンクだよね」と知りつつも、一応「おい、サンクなんて知らんぞ」ということで、中間地点の落としどころを自分に有利な方向に調整できる望みがある。
■Further Reading
ハーバード流交渉術(リンク)
・そもそも、交渉してよいのか
・己と敵を知る
・ゲーム理論的発想
・BATNAを探す
■ そもそも、交渉していいのか
・交渉することで、相手が心証を損ねるリスク
・「そういうのは会社でやれ。家に持ち込むな」
■ 己を知り、敵を知る
・ 自分の目的は何か?何が最重要で、何は妥協可能か?
・交渉相手の目的は?
■ 交渉相手は友人ではない
・ 商談相手も、社内調整の相手も
・ 自分の利益を追求することは恥でもなんでもない。相互に自分の利益を追求した結果衝突は起きるが、それは必要なコストであり、回避するともっと厄介なことになると心得る
・変に遠慮してしまう方が、仕事のパートナーとしては悪印象を与えかねない。自己あるいは勤務先のために全力を尽くせない人が、一緒に組んだ時にいい仕事をしてくれるだろうか
・ドライにすることと、信頼関係を保つことは両立可能。妥協しないと保てない良好な関係って何?
■ ゲーム理論的発想=ナッシュ均衡
・ナッシュ均衡:相手がXという行動をとると仮定したら、自分ができるベストの対応は何か?
・数手先を読む:相手X→それに対して自分Y→相手もYに対応してZ→... 現実的には、1回か2回ほど繰り返せば十分で、繰り返し過ぎても逆効果
■ BATNA:「じゃあいいよ、●●するから」という代替案
・代替案があれば、「じゃあいいよ、●●するから」とできる
・BATNAがベターであればあるほど、不必要に妥協する必要が減るので交渉力は増す
(例:他社からもオファーが来ているのであれば、あなたは勤務先との年俸交渉でより強気になれる)
1. 戦略レベル
■ ポーターの5 Forceとか
・ 買い手が自分一人で売り手が複数いたりした日には自分の交渉力は強まる。相手が談合しない限りにおいて、極限まで買いたたける(極限=いずれかのBATNAの高い方マイナス1円)例:東大理Iクラスの女子
・売り手が自分一人で買い手が複数いるときも同様、極限まで値段を吊り上げられる(極限=いずれかのBATNAの低い方+1円)例:車の売却
・言い換えると、(1) 他の競合が来る前に勝負を決めろ (2) 違法出ない限りにおいて談合余地を検討してもいいかもしれない。
■ パイを広げる
・交渉はパイの奪い合い、これは不可避
・しかし、何らかの協調により、パイの大きさを拡大することはできるかもしれない
・パイの奪い合いはガンガンやるべきだが、その前に、パイの大きさを最大化すべく協調できると両者得する
■ 複数論点をつくる
・パイ拡大の一策。複数論点があれば、バーター余地が生まれる
・一見論点は一つしかないように見えても、複数の論点が隠れていることも。隠れている論点を掘り起しバーターに持ち込む発想
■ 見解の相違は活用できる
・「まずは前提条件に関する相違をなくすべく交渉」みたいなことは不要
・見解の相違があるときは、同じ条件が自分にとっても相手にとっても+ということがありうる
・見解の相違を活用するためには、見解の相違を相互理解するための信頼感形成が重要
■ 情報共有と信頼
・情報があればあるほど有利なので、不必要に相手に情報を渡さない。相手は友人ではない
・他方、情報を共有することで双方が得することがある
・信頼関係をベースに、ひとつ与えてひとつ取ると言う形で情報共有を進めることができると良い
・信頼関係を築いてパイの大きさを最大化できれば、その後のパイの奪い合いが50:50にならなかったとしても両者ある程度満足できて、良き対戦相手に対する尊敬のような関係を築きうる
2. 戦術レベル
■ アンカリング(Anchoring、錨をおろす)
・自分が相手に「年俸は1,000万円でどうですか」と言ってしまえば、相手はゼロベースで考えることができなくなり、1,000万円が良いか悪いか、1,000万円からどのくらい価格を上げられるかという発想に陥りがちになる
・逆に、相手に何か最初の提示をされたとき、相手はアンカリング目的でふっかけてきている可能性があることに注意
・対策:相手の提示を半分無視して、自分からも提示してしまう
相手「年俸は1,000万円でどうですか」
(NG)自分「1,000万円は低い。もう少し上げてください」
(OK)自分「いえ、5,000万円でどうでしょう」
■ サンクコスト・サンクベネフィットをかきまぜる(BATNA応用)
・理論的には、交渉の余地があるのは、サンク部分を除いた部分に限られる。たとえば、既にCさんから「2,000万円で買います」というオファーを貰っているときに、Bさんと土地売却交渉をしたとする。このとき、仮に売却価格が3,000万円となれば、自分がBさんに売ることによって得られる追加的な利得は1,000万円であり、3,000万円ではない。2,000万円はBさんに売らなくても得られたものであり、サンク。
・この2,000万円をサンクと考えれば自分のBATNAは2,000万円となるので、仮にBさんと利得を公平にシェアするのであれば、落としどころはAvg(2,000万円、BさんのBATNA)となる。たとえばBさんのBATNAが4,000万円であれば、落としどころは3,000万円となる
・しかし、Bさんが「2,000万円がサンク?んなことあるか。お前は俺が払った分全額得するのであって、俺が払った金額マイナス2,000万円なんて知らない。なので、公平な中間地点は、3,000万円ではなく、Avg(0, 4,000万円)の2,000万円だ」と言ってきたとき、あなたはちゃんと反論できるだろうか?
・相手が2,000万円より低い金額を言って来たら断ることは簡単だが、2,000万円がサンクベネフィットで、中間値計算にあたっては考慮すべきではないとロジカルに説明しきるのは案外難しい。
・ディフェンスの観点からは、サンクベネフィットがサンクであることを説明できるようにしておく必要がある。
・オフェンスの観点からは、「まあサンクだよね」と知りつつも、一応「おい、サンクなんて知らんぞ」ということで、中間地点の落としどころを自分に有利な方向に調整できる望みがある。
■Further Reading
ハーバード流交渉術(リンク)
Project week 5&6
■ PJ進捗
プロジェクト5週目から6週目にかけては、ドラフトの微調整を行ったあと、教授にそれを提出する感じで、どちらかというと動きの少ない時期であった。
もうひとつのケースについても、スペイン人君とメキシコ人君のコンビで無事作業が進んでいるそうで何より。
で、教授から色々コメントをもらい、それを反映。ゴールはもう少し...
■ ワークショップで見えてきた本プログラムの影
授業のプログラムの一環として、ライティング及びプレゼンテーションに関するワークショップが開催されたので参加してみた。
ワークショップそれ自体はまあまあ参考になる程度の幹事だったのだが、印象に残ったのは、そこで練習として行われたプレゼンテーション。クラスメートの数人が実際に前に出て、現時点でのPJの結論のようなものをプレゼンしたのだが、驚くほどクオリティに差があってびっくり。
このPJに対して、顧客は確か$10,000支払っていると聞いている(自分達は顧客を持つコンサル型PJではなくリサーチ型PJなので顧客がいないのだが)。数名がプレゼンしていたが
・顧客がどいつもこいつもNPO。伝え聞く限りでは、多くのNPOは別にスポンサーを持っていて、他人からもらった金で当校にコンサルを依頼しているらしく、多くの顧客が当事者意識を持っていないらしい。そのため、学生と顧客の連携も悪く、学生の提案は聞き流されて終わり...という感じになっているところが多いとのこと。
・で、そういう状況を反映してか、NPO向けのコンサルをしている人のプレゼン、Mck出身者による秀逸なプレゼンを除いて、残り全てがびっくりするほどしょぼかった。百万円もらっておいてそれかと怒鳴りたくなるレベル。。
・また、今日はプレゼンしている人はいなかったが、コンサル・リサーチの他、自分達で実際にビジネスをやってみるというPJも許可されているが、はたから見る限り、多くの起業型PJは単なるインターネット遊びに過ぎないレベルに終始している。それはそれで学びはあるのかもしれないが、ちゃんとした選択科目2つ分の価値が果たしてあるのかどうか、疑わしい。
一部のチームはいい感じにPJを回しているとも聞くが、それ以外のチームがそうでもない状況から鑑みると、このPJ型授業は必修としない方がいいと本当に思う。選択にすれば、受けたい人は頑張るし、受けたくない人は他の関心分野に集中できる。UCLAの下部組織とかで官僚的な予算制度で回っている組織に対するお遊びコンサルで8単位取るくらいなら、素直に2つ選択科目を増やした方がいいのではないか。自分のいた東大経済学部は卒論が選択制で、書かないならその分選択科目を一つ取ればよいというシステムだったのだが、UCLAも真剣にそのシステムを検討すべきだ。必修としてやるなら、現在殆ど機能していないPJ専門オフィサー達を総とっかえして真剣にクライアント獲得など努力させるべきだろう。
自分達は顧客をとらないPJにしたのであまり気にせず済んだが、顧客を取るチームの多くがそういった矛盾にさいなまれているのを見ると、この8単位の意義がかなり疑わしくなってきた。ということで、フィードバックの機会を見つけたら、その点しっかり書くこととしたい。
プロジェクト5週目から6週目にかけては、ドラフトの微調整を行ったあと、教授にそれを提出する感じで、どちらかというと動きの少ない時期であった。
もうひとつのケースについても、スペイン人君とメキシコ人君のコンビで無事作業が進んでいるそうで何より。
で、教授から色々コメントをもらい、それを反映。ゴールはもう少し...
■ ワークショップで見えてきた本プログラムの影
授業のプログラムの一環として、ライティング及びプレゼンテーションに関するワークショップが開催されたので参加してみた。
ワークショップそれ自体はまあまあ参考になる程度の幹事だったのだが、印象に残ったのは、そこで練習として行われたプレゼンテーション。クラスメートの数人が実際に前に出て、現時点でのPJの結論のようなものをプレゼンしたのだが、驚くほどクオリティに差があってびっくり。
このPJに対して、顧客は確か$10,000支払っていると聞いている(自分達は顧客を持つコンサル型PJではなくリサーチ型PJなので顧客がいないのだが)。数名がプレゼンしていたが
・顧客がどいつもこいつもNPO。伝え聞く限りでは、多くのNPOは別にスポンサーを持っていて、他人からもらった金で当校にコンサルを依頼しているらしく、多くの顧客が当事者意識を持っていないらしい。そのため、学生と顧客の連携も悪く、学生の提案は聞き流されて終わり...という感じになっているところが多いとのこと。
・で、そういう状況を反映してか、NPO向けのコンサルをしている人のプレゼン、Mck出身者による秀逸なプレゼンを除いて、残り全てがびっくりするほどしょぼかった。百万円もらっておいてそれかと怒鳴りたくなるレベル。。
・また、今日はプレゼンしている人はいなかったが、コンサル・リサーチの他、自分達で実際にビジネスをやってみるというPJも許可されているが、はたから見る限り、多くの起業型PJは単なるインターネット遊びに過ぎないレベルに終始している。それはそれで学びはあるのかもしれないが、ちゃんとした選択科目2つ分の価値が果たしてあるのかどうか、疑わしい。
一部のチームはいい感じにPJを回しているとも聞くが、それ以外のチームがそうでもない状況から鑑みると、このPJ型授業は必修としない方がいいと本当に思う。選択にすれば、受けたい人は頑張るし、受けたくない人は他の関心分野に集中できる。UCLAの下部組織とかで官僚的な予算制度で回っている組織に対するお遊びコンサルで8単位取るくらいなら、素直に2つ選択科目を増やした方がいいのではないか。自分のいた東大経済学部は卒論が選択制で、書かないならその分選択科目を一つ取ればよいというシステムだったのだが、UCLAも真剣にそのシステムを検討すべきだ。必修としてやるなら、現在殆ど機能していないPJ専門オフィサー達を総とっかえして真剣にクライアント獲得など努力させるべきだろう。
自分達は顧客をとらないPJにしたのであまり気にせず済んだが、顧客を取るチームの多くがそういった矛盾にさいなまれているのを見ると、この8単位の意義がかなり疑わしくなってきた。ということで、フィードバックの機会を見つけたら、その点しっかり書くこととしたい。
Thursday, May 10, 2012
ネゴシエーション(8) 見解相違はチャンス
■ 実戦メモ4
(ルール)
・エネルギー節約につながる機械を製鉄会社に売りたい自分と、それを買いたい製鉄会社のネゴシエーション。
・自分と相手は異なる指示が与えられており、相手がどんな情報を持っているのかわからない。
・価格のみならず、販売条件を自由に決めてよい。
・売り手たる自分の得点は期待値で計算される。指示書によると、機械がうまく作動する確率が80%とあったので、期待値は 80%×うまくいったときのペイオフ+20%×故障したときのペイオフ というもの。
・自分の自己資本は$15M。それを超えるような何かは起きてはならない。
(事前準備)
・手持ちの情報から推測した限りでは、エネルギー節約によるメリットはトータルで$20Mであった。
・なので、自分の取り分が$10Mになるくらいのプライシングが落としどころと考え、それを実現するような売値を考えて臨んだ。
(本番)
・開始直後は、お互い、情報の出し惜しみ。もごもご、ごにょごにょ、できるだけ自分の手持ちの情報をさらさないようにしつつ相手の情報を探る展開。
・といいつつも、気の知れた同じ学校の友人であり、最終的にはひとつひとつ情報の共有が進む。敵対関係にある相手とのネゴだとこうはいかなかったかも。
・やがて、機械がちゃんと動作する確率についての認識が、自分と相手で見解の相違があることに気が付いた。自分にとっての成功率は80%なのだが、どうも相手の認識する成功率は低く、50%以下であるとのこと。
すなわち、期待値計算が非対称であることがわかった。仮に相手にとっての機械の成功率を30%としたら、
自分の期待値:80%×成功時のペイオフ+20%×失敗時のペイオフ。
→成功時いくらもらえるかが重要で、失敗時いくら損するかは比較的どうでもよい
相手の期待値:30%×成功時ペイオフ+70%×失敗時ペイオフ。
→自分の逆で、成功時製鉄所がメーカーにいくら支払うかは、比較的重要でない
・この情報共有ができたことから、以下のような提案を行った。
「俺は成功時いくらもらえるかが重要で、お前は失敗時いくら賠償金を取れるかが重要だ。なので、こうしよう。もし失敗したら、倒産寸前になる$15M払ってやるから、その代り成功したらガツンと$19よこせ」
$19というのは、自分が失敗時に$15払ってもなお、期待利得が落としどころである$10になるような金額として指定した。
・最後相手が粘ったので自分の成功時の取り分を$19から$18.5に削減したが、結局合意達成。
(結果)
・このゲームでは双方が認識する故障率に相違があることから、「成功したら多く払い、失敗したら多く賠償する」という支払い方式にすることで、両者の利得の合計は増やすことができるプラスサムのゲームであった。たとえば、「成功したら$5Mもらえるが、失敗したら$2M賠償」というのより、「成功したら$18.5Mもらえるが、失敗したら$15M賠償」というスキームの方が両者の合計利得が大きくなる。自分達はこの「パイを最大化する」という作業に成功していたことになる。自分の支払額を倒産ギリギリの$15とすることで、パイの大きさは最大化され、あとはそれをどう配分するかという問題だけが残る。
・我々の18.5vs15という配分は、クラス平均と比較するとかなり自分に有利であったようで、結果として自分は機械の売り手の中ではクラス2位の好成績を収めることができた。
・だが、割を食った相方も、パイ自体が大きいおかげで、まあまあ平均より上のスコアを獲得していた
■ 異なる価値観はwin-winのチャンス
今回のゲームの肝は、お互いの利得関数が非対称であるということであった。
対称な例を挙げると、土地の販売交渉とかが挙げられて、
売り手の利得:売値
買い手の利得:買値
といった感じで、これは完全にゼロサムゲームで、妥協はありえても双方が100%納得する落としどころは存在しない。パイの大きさは変わらない。
他方、今回のように
売り手の利得:80%×成功時売値(A)+20%×失敗時賠償(B)
買い手の利得:30%×A+70%×B
のような感じになると、両者の合計は
合計利得:110%×A+90%×Bとなる。すなわち、AとBを両建てで増やすことで、パイの大きさを大きくすることができるのだ。
これまでの授業でも何回か出てきたが、ネゴシエーションの肝のひとつは
パイの奪い合いをする前に、まずパイの大きさを大きくできないか考えるとよい
というものであったので、今回は我々のチームはまさにそれができたことになる。(その後のパイの奪い合いで、なんとなく自分がたくさん奪ってしまった形になったが)
現実にも、ひとつのモノを巡って争っていたとしても、両者でその効用関数が微妙に異なることは少なくない。具体的には、
・成功確率:ゴルゴ13は自身の成功確率を高いと思っているので(99.99%)、成功したときにはたくさん報酬が欲しいが失敗したときは割とどうでもいい。他方、クライアントたるCIAは、そこまでゴルゴ13の狙撃成功率を高いと思っていないので(たとえば90%とか)、失敗したときの支払についてもそれなりに関心がある。こんなときは、「成功しようがしまいが$200,000で」と言う風に契約するよりも、成功したらいくら、失敗したらいくらというような報酬契約にすれば、両者ともにハッピーになる可能性が高まる。
・モノの価格予想:アラブの原油王は、将来原油価格が上昇すると信じていて、買い手の商社は将来原油価格が下落すると予想している。そんなときは、1年後のフォワード契約を「1バレルいくら」という固定価格で決めてしまうより、「1年後の原油価格×0.45」といった感じで、見解が異なるポイントである将来の原油価格に連動するような条件を設定してやるとよい。そうすれば、アラブ側は「売値が上がるわい」といい気持ちになるし、商社も「将来安く買えそう」と嬉しい。
まとめると、
・成功確率や物価など、変動しうるファクターについて見解の不一致がある場合は、
・それを交渉により統一するのではなく、
・見解が一致していないファクターに連動するような条件付けをしてやることでパイの大きさが拡大するのでwin-win
・パイの奪い合いは不可避だが、パイを大きくしてからでも遅くはない
・で、このような条件付けのためには、「あ、ここに見解不一致がある」ということを両者が理解しなければならないので、信頼関係に基づいて両者が適切に情報共有できる必要がある。信頼関係の構築が、パイの大きさを拡大するのだ。
Wednesday, May 9, 2012
エンジニアvsMBA
MBAでは割と頻繁に、教授が「この中でエンジニア出身の奴はいるか?君たちには、もしかすると今からするような議論は気持ち悪いかもしれない。でも、これが現実のビジネス的発想であり、せっかくMBAに来たんだから少しこういう発想に慣れてみてほしい」というような話が出てくる。
こういう話は主に、「正解」についてどう考えるかという文脈で出てくることが多い。なので今回は、エンジニア的正解と、MBA的・あるいは現実的な正解についての考え方の相違について考えてみる。
■ エンジニア的発想
あくまで自分から見た感覚論であるが、自然科学でトレーニングを受けたエンジニアの人には、こういう発想の人が多い気がする:
・ある問題について、唯一無二の絶対的な正解は存在する
・その正解は唯一無二であり、全ての人はそれを正しいと認識すべきである
水素と酸素を化合させたら水になるし、100の力で壁を押せば得られる反作用も100。まごうことなき事実であり、この実験を誰がやったとしても、結論は変わらない。もっと簡単な例でいえば、1+1=2であり、1+1が2以外になることは認められないし、あまねく人は1+1=2と理解すべきである、と言う感じ。
正解は「皆がそこにたどりつくべきもの」と思っているので、皆が正解にたどりつけるような工夫をするという発想はあまりない。あっても、せいぜい、正解についてわかりやすく説明するといった程度。
■ MBAから見たエンジニアの問題点
極端な言い方で言うと、MBAは(少なくとも自分は)「正解?何それおいしいの?どうでもいいや」くらいに思っている。ことビジネスの世界においては正解など存在しないからだ。「両者のネゴシエーションの結果、合意形成されたもの」とか「オークションの落札価格」といった、結果的にどのようになったかというものは存在するが、あるべき水準というのは机上にしか存在しない。
MBAから見て、エンジニアは、その自然科学的価値観を現実世界に間違った形で持ち込んでいる人が少なくないという印象がある。
・計算によれば株価は1,000円となるはずで、いまの株価700円は間違っている
・放射能は微量であれば有害ではなく、一喜一憂する日本人は間違っており、認識を改めるべきである
・アメリカではベンチャー企業がVCからファイナンスしてもらえるが、日本ではそうはいかない。日本は間違っており、金融業界は態度を改めるべきである
など。
MBA的発想を持った自分からすると、そういうことを言うエンジニアは社会科学的真理のなんたるかを誤解している。自然科学的真理も、単なる思考的枠組みのひとつにしか過ぎないのに。
たとえば放射能が科学的に微量であればあまり害はなかったとしても(自分は科学者でないのでその辺知らない)、一般市民が放射能のことを恐れていて実際に食べ物を選んだり引っ越ししたりしている人々の心理や行動こそが重要であり、「放射能が有害でない」という科学的正解はあまり意味がない。
また、「正解は●●なのだから、皆●●と考えを改めるべきなのだ」というのは、「1+1=2である」という自然科学的世界ではOKだが、人の認知が絡む社会科学的世界では机上の空論でしかない。
仮に人々の認識を変えたいのであれば、「正解が何であるか」からスタートして「正解は●●です」と主張するだけでは駄目だ。「人々がどう考えているか」からスタートして、「あなたはこう考えているようですが、そこにはこういう誤解があります」という風に、誤解を解くところから始めないとすれ違うだけになってしまう。MBA的発想としては、正解は唯一無二の形で存在するものというより、人為的にそこに誘導するものと考えた方がしっくりくるかもしれない。単に「こっちが正解だぞ、こっち来いよ」と言うだけでは誰も動かない。人々がどう考えているか真剣に考えて、彼らが動きやすいような説明などを考えてあげる、すなわち「説得する」という作業が必要なのだ。
あるいは、そもそも、人々の認識を変えるべきとも限らない。もし自分が「正解は899円である」と知っているのに株価が600円であったなら、自分にできることは「株価は899円となるべきだ」と主張することというより、静かに株を買って899円になるのを待つことだろう。放射能が有害でないと知っているのなら、放射能のせいで必要以上に価格が下がっている食品を安く食べて幸せになることも一つの選択肢だ。人々を正解に導くという苦難をわざわざやらずとも、単にその人々の誤解から利得を稼ぐというのも一つの手だ。しかも、あなたがそうやって静かに正解と人々の「誤解」を利用して稼げば、株式市場はそれに反応して、結果的に株価はより「正解」に近づくのだ。わざわざ声を大きくして「正解はこっちだぞー」と叫ぶだけが選択肢ではないのだ。
■ で、何がいいたいのか
ここまで、コテコテのエンジニア的発想に、コテコテのMBA的発想をぶつけるという試みをしてみたが、最終的な結論は「エンジニアよ、お前らもうちょっと現実知れよ」というものではない。他人の意見を変えることなどナンセンスだし多分不可能というのが自分の立場だからだ。
ここで自分が言いたかったのは、「エンジニアは往々にしてそういった真理主義的発想をしがちだが、真理に到達する能力があるという点において確実に有用なのだから、自分のようなMBAが科学者と現実をつなぐような役割を意識的に引き受けることで、全員ハッピーになればよくね?」というもの。
言い換えると、仮に身の回りに上記のようなコテコテの真理主義者エンジニアがいたとしても、自分の仕事は彼らに『空気読め。現実を見ろ』と説教することではない。そうではなくて、彼らの知識と現実とを結ぶハブとして桜木花道バリのスピードで『自ら動く』ことであり、そのためには一生懸命エンジニアのことも現実社会のことも勉強すべきなのではないだろうかということだ。
なんか大学にいると、コテコテの科学者か、そういったエンジニアに「お前らなぁ」と愚痴を言う文系しかいない気がしてきたので、むしろこの状態を解決することこそ俺の仕事かもしれないということを思った次第。。
※ なので、理系出身者がMBAに来るのはものすごくいいことだと個人的には思っている。え?経済学部出身金融マンがMBAに行く意味?まあ今日はその辺はちょっと...アワワワワ
こういう話は主に、「正解」についてどう考えるかという文脈で出てくることが多い。なので今回は、エンジニア的正解と、MBA的・あるいは現実的な正解についての考え方の相違について考えてみる。
■ エンジニア的発想
あくまで自分から見た感覚論であるが、自然科学でトレーニングを受けたエンジニアの人には、こういう発想の人が多い気がする:
・ある問題について、唯一無二の絶対的な正解は存在する
・その正解は唯一無二であり、全ての人はそれを正しいと認識すべきである
水素と酸素を化合させたら水になるし、100の力で壁を押せば得られる反作用も100。まごうことなき事実であり、この実験を誰がやったとしても、結論は変わらない。もっと簡単な例でいえば、1+1=2であり、1+1が2以外になることは認められないし、あまねく人は1+1=2と理解すべきである、と言う感じ。
正解は「皆がそこにたどりつくべきもの」と思っているので、皆が正解にたどりつけるような工夫をするという発想はあまりない。あっても、せいぜい、正解についてわかりやすく説明するといった程度。
■ MBAから見たエンジニアの問題点
極端な言い方で言うと、MBAは(少なくとも自分は)「正解?何それおいしいの?どうでもいいや」くらいに思っている。ことビジネスの世界においては正解など存在しないからだ。「両者のネゴシエーションの結果、合意形成されたもの」とか「オークションの落札価格」といった、結果的にどのようになったかというものは存在するが、あるべき水準というのは机上にしか存在しない。
MBAから見て、エンジニアは、その自然科学的価値観を現実世界に間違った形で持ち込んでいる人が少なくないという印象がある。
・計算によれば株価は1,000円となるはずで、いまの株価700円は間違っている
・放射能は微量であれば有害ではなく、一喜一憂する日本人は間違っており、認識を改めるべきである
・アメリカではベンチャー企業がVCからファイナンスしてもらえるが、日本ではそうはいかない。日本は間違っており、金融業界は態度を改めるべきである
など。
MBA的発想を持った自分からすると、そういうことを言うエンジニアは社会科学的真理のなんたるかを誤解している。自然科学的真理も、単なる思考的枠組みのひとつにしか過ぎないのに。
たとえば放射能が科学的に微量であればあまり害はなかったとしても(自分は科学者でないのでその辺知らない)、一般市民が放射能のことを恐れていて実際に食べ物を選んだり引っ越ししたりしている人々の心理や行動こそが重要であり、「放射能が有害でない」という科学的正解はあまり意味がない。
また、「正解は●●なのだから、皆●●と考えを改めるべきなのだ」というのは、「1+1=2である」という自然科学的世界ではOKだが、人の認知が絡む社会科学的世界では机上の空論でしかない。
仮に人々の認識を変えたいのであれば、「正解が何であるか」からスタートして「正解は●●です」と主張するだけでは駄目だ。「人々がどう考えているか」からスタートして、「あなたはこう考えているようですが、そこにはこういう誤解があります」という風に、誤解を解くところから始めないとすれ違うだけになってしまう。MBA的発想としては、正解は唯一無二の形で存在するものというより、人為的にそこに誘導するものと考えた方がしっくりくるかもしれない。単に「こっちが正解だぞ、こっち来いよ」と言うだけでは誰も動かない。人々がどう考えているか真剣に考えて、彼らが動きやすいような説明などを考えてあげる、すなわち「説得する」という作業が必要なのだ。
あるいは、そもそも、人々の認識を変えるべきとも限らない。もし自分が「正解は899円である」と知っているのに株価が600円であったなら、自分にできることは「株価は899円となるべきだ」と主張することというより、静かに株を買って899円になるのを待つことだろう。放射能が有害でないと知っているのなら、放射能のせいで必要以上に価格が下がっている食品を安く食べて幸せになることも一つの選択肢だ。人々を正解に導くという苦難をわざわざやらずとも、単にその人々の誤解から利得を稼ぐというのも一つの手だ。しかも、あなたがそうやって静かに正解と人々の「誤解」を利用して稼げば、株式市場はそれに反応して、結果的に株価はより「正解」に近づくのだ。わざわざ声を大きくして「正解はこっちだぞー」と叫ぶだけが選択肢ではないのだ。
■ で、何がいいたいのか
ここまで、コテコテのエンジニア的発想に、コテコテのMBA的発想をぶつけるという試みをしてみたが、最終的な結論は「エンジニアよ、お前らもうちょっと現実知れよ」というものではない。他人の意見を変えることなどナンセンスだし多分不可能というのが自分の立場だからだ。
ここで自分が言いたかったのは、「エンジニアは往々にしてそういった真理主義的発想をしがちだが、真理に到達する能力があるという点において確実に有用なのだから、自分のようなMBAが科学者と現実をつなぐような役割を意識的に引き受けることで、全員ハッピーになればよくね?」というもの。
言い換えると、仮に身の回りに上記のようなコテコテの真理主義者エンジニアがいたとしても、自分の仕事は彼らに『空気読め。現実を見ろ』と説教することではない。そうではなくて、彼らの知識と現実とを結ぶハブとして桜木花道バリのスピードで『自ら動く』ことであり、そのためには一生懸命エンジニアのことも現実社会のことも勉強すべきなのではないだろうかということだ。
なんか大学にいると、コテコテの科学者か、そういったエンジニアに「お前らなぁ」と愚痴を言う文系しかいない気がしてきたので、むしろこの状態を解決することこそ俺の仕事かもしれないということを思った次第。。
※ なので、理系出身者がMBAに来るのはものすごくいいことだと個人的には思っている。え?経済学部出身金融マンがMBAに行く意味?まあ今日はその辺はちょっと...アワワワワ
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