■ 実戦メモ4
(ルール)
・エネルギー節約につながる機械を製鉄会社に売りたい自分と、それを買いたい製鉄会社のネゴシエーション。
・自分と相手は異なる指示が与えられており、相手がどんな情報を持っているのかわからない。
・価格のみならず、販売条件を自由に決めてよい。
・売り手たる自分の得点は期待値で計算される。指示書によると、機械がうまく作動する確率が80%とあったので、期待値は 80%×うまくいったときのペイオフ+20%×故障したときのペイオフ というもの。
・自分の自己資本は$15M。それを超えるような何かは起きてはならない。
(事前準備)
・手持ちの情報から推測した限りでは、エネルギー節約によるメリットはトータルで$20Mであった。
・なので、自分の取り分が$10Mになるくらいのプライシングが落としどころと考え、それを実現するような売値を考えて臨んだ。
(本番)
・開始直後は、お互い、情報の出し惜しみ。もごもご、ごにょごにょ、できるだけ自分の手持ちの情報をさらさないようにしつつ相手の情報を探る展開。
・といいつつも、気の知れた同じ学校の友人であり、最終的にはひとつひとつ情報の共有が進む。敵対関係にある相手とのネゴだとこうはいかなかったかも。
・やがて、機械がちゃんと動作する確率についての認識が、自分と相手で見解の相違があることに気が付いた。自分にとっての成功率は80%なのだが、どうも相手の認識する成功率は低く、50%以下であるとのこと。
すなわち、期待値計算が非対称であることがわかった。仮に相手にとっての機械の成功率を30%としたら、
自分の期待値:80%×成功時のペイオフ+20%×失敗時のペイオフ。
→成功時いくらもらえるかが重要で、失敗時いくら損するかは比較的どうでもよい
相手の期待値:30%×成功時ペイオフ+70%×失敗時ペイオフ。
→自分の逆で、成功時製鉄所がメーカーにいくら支払うかは、比較的重要でない
・この情報共有ができたことから、以下のような提案を行った。
「俺は成功時いくらもらえるかが重要で、お前は失敗時いくら賠償金を取れるかが重要だ。なので、こうしよう。もし失敗したら、倒産寸前になる$15M払ってやるから、その代り成功したらガツンと$19よこせ」
$19というのは、自分が失敗時に$15払ってもなお、期待利得が落としどころである$10になるような金額として指定した。
・最後相手が粘ったので自分の成功時の取り分を$19から$18.5に削減したが、結局合意達成。
(結果)
・このゲームでは双方が認識する故障率に相違があることから、「成功したら多く払い、失敗したら多く賠償する」という支払い方式にすることで、両者の利得の合計は増やすことができるプラスサムのゲームであった。たとえば、「成功したら$5Mもらえるが、失敗したら$2M賠償」というのより、「成功したら$18.5Mもらえるが、失敗したら$15M賠償」というスキームの方が両者の合計利得が大きくなる。自分達はこの「パイを最大化する」という作業に成功していたことになる。自分の支払額を倒産ギリギリの$15とすることで、パイの大きさは最大化され、あとはそれをどう配分するかという問題だけが残る。
・我々の18.5vs15という配分は、クラス平均と比較するとかなり自分に有利であったようで、結果として自分は機械の売り手の中ではクラス2位の好成績を収めることができた。
・だが、割を食った相方も、パイ自体が大きいおかげで、まあまあ平均より上のスコアを獲得していた
■ 異なる価値観はwin-winのチャンス
今回のゲームの肝は、お互いの利得関数が非対称であるということであった。
対称な例を挙げると、土地の販売交渉とかが挙げられて、
売り手の利得:売値
買い手の利得:買値
といった感じで、これは完全にゼロサムゲームで、妥協はありえても双方が100%納得する落としどころは存在しない。パイの大きさは変わらない。
他方、今回のように
売り手の利得:80%×成功時売値(A)+20%×失敗時賠償(B)
買い手の利得:30%×A+70%×B
のような感じになると、両者の合計は
合計利得:110%×A+90%×Bとなる。すなわち、AとBを両建てで増やすことで、パイの大きさを大きくすることができるのだ。
これまでの授業でも何回か出てきたが、ネゴシエーションの肝のひとつは
パイの奪い合いをする前に、まずパイの大きさを大きくできないか考えるとよい
というものであったので、今回は我々のチームはまさにそれができたことになる。(その後のパイの奪い合いで、なんとなく自分がたくさん奪ってしまった形になったが)
現実にも、ひとつのモノを巡って争っていたとしても、両者でその効用関数が微妙に異なることは少なくない。具体的には、
・成功確率:ゴルゴ13は自身の成功確率を高いと思っているので(99.99%)、成功したときにはたくさん報酬が欲しいが失敗したときは割とどうでもいい。他方、クライアントたるCIAは、そこまでゴルゴ13の狙撃成功率を高いと思っていないので(たとえば90%とか)、失敗したときの支払についてもそれなりに関心がある。こんなときは、「成功しようがしまいが$200,000で」と言う風に契約するよりも、成功したらいくら、失敗したらいくらというような報酬契約にすれば、両者ともにハッピーになる可能性が高まる。
・モノの価格予想:アラブの原油王は、将来原油価格が上昇すると信じていて、買い手の商社は将来原油価格が下落すると予想している。そんなときは、1年後のフォワード契約を「1バレルいくら」という固定価格で決めてしまうより、「1年後の原油価格×0.45」といった感じで、見解が異なるポイントである将来の原油価格に連動するような条件を設定してやるとよい。そうすれば、アラブ側は「売値が上がるわい」といい気持ちになるし、商社も「将来安く買えそう」と嬉しい。
まとめると、
・成功確率や物価など、変動しうるファクターについて見解の不一致がある場合は、
・それを交渉により統一するのではなく、
・見解が一致していないファクターに連動するような条件付けをしてやることでパイの大きさが拡大するのでwin-win
・パイの奪い合いは不可避だが、パイを大きくしてからでも遅くはない
・で、このような条件付けのためには、「あ、ここに見解不一致がある」ということを両者が理解しなければならないので、信頼関係に基づいて両者が適切に情報共有できる必要がある。信頼関係の構築が、パイの大きさを拡大するのだ。