Saturday, June 18, 2011

セコイア・ヨセミテ(2)

旅行2日目はセコイア国立公園へ。その後ヨセミテの入り口にあるOakhurstという街に逗留してフィニッシュ。


○セコイア国立公園。とりあえずカメラを買ったばかりなので、林家ペー・パーぐらいの勢いで写真を撮りまくり。ちなみに来ていたTシャツの色は偶然ピンクで、履いていたスニーカーの色は奇遇にも赤...でっかい岩とか、ぶっとい木とかを背景にパシャパシャ。途中にあるMoro Rockという岩山登りは、娘が一番元気に登っていたのだが彼女のどこにそんな元気があるのだろうか。親は2人そろって高さに足をすくませるの巻。この公園も駐車場に「熊が出るので食料品を車に入れっぱなしにするな」という注意喚起があったが、明日行くヨセミテと比較するとリスクが低いのかあまり遵守されている様子もなかった。肝心のセコイアの木や森だが、日本で生活していてストレスがたまったところでこの場所に来ると癒されるのかもしれないが、常時ノーストレスの状態だと癒しも何もあったものじゃないので今一つその素晴らしさを満喫できず。ふーん、木ですね、太いですね、っていう程度の感想しか出てこない。。


○夕食は、ホテル横のサブウェイにするかYelpで評判の良かった中華にするか迷った挙句、冒険して中華へ。Yelpでは「The best Chinese ever」とかあって「おいおい、ほんとかよ」と。食べてみると、パンダエクスプレス(何を食べても同じ味)ほどにひどくはないが、まあベストとは言い難い、そんなレベル感。結局途中から、どこの中華レストランにもある唐辛子ペーストみたいな調味料を入れたら味もよくわからなくなり、単なるジャンクフードとして美味しくいただいた。
ちなみに昼食は公園内の売店で買ったホットドッグだったのだが、調味料コーナーに生たまねぎのみじん切りがあって喜んだのもつかの間、なんとマスタードがない。マスタードがないホットドッグなんて。。。orz レリッシュやハラペーニョがあったからごまかせたが、マスタードなしのホットドックを食べることになるとは非常に残念な限り。総じて今日の食事運は末吉といったところだろうか。


○昨日はオザケンなんて聞いてみたが、今日はクラプトンの新譜をかけてみた。発売前はジャズテイストが云々ということで期待して買ったのだが、買ってみたらここ数年のクラプトン路線そのままのブルース系。日本の家でブルースを聞いても何ら胸に響くところはないのでクラプトンのブルース系は好きではなく、したがってこの新譜も買ったものの好きになれていなかった。しかし、今日改めてアメリカの田舎道でこのアルバムを聞いてみると、その良さがなんとなくわかってきた気がした。美味しんぼで言うと「白身の刺身を数十回噛むことによってついにそのうま味を見出したブラックさん」のような感じで、アメリカの田舎道に合わせることでこのCD,あるいはわりあい単調なブルースの良さが少しだけわかったように感じられた。日本の食べ物に合わないケチャップがアメリカの食べ物全てと相性がいいのと同じで、ブルースと日本における自分の環境が違い過ぎただけだったのかもしれない。アメリカの道路や風景とクラプトンのブルースロックは相性が良い気がする。あとは、ボンジョビ的ロックの「なんだかダルい、6~8曲目によくあるようなスローな曲」とアメリカの田舎道も相性がいいような気がする。さすがにもう聞かないかと思い保存もせずにボンジョビのCDを全て置いてきたことを後悔。何もない平坦な道では、東京では野暮ったく聞こえてしまうシンプルな8ビートがとても心地よく、逆に東京ではフィットするピロピロ系エレクトロミュージックなんかは場違い感がものすごい。同様の理屈(アメリカの道とシンプルなリズム感の相性がいいという仮説)でカントリー系もたぶん相性が良いと思う。これまた保存し忘れたまま日本にCDを置き去りにしてしまったのだが、日没時にJames Taylorの『Carolina in my mind』はきっとものすごく相性が良いとかなりの確信をもって信じている。LAの混んだ道はKiss FMあたりをズンチャカズンチャカ流しておくのが一番フィットすると思うが、やはり田舎道をずいーんと走るにあたってはそれ相応のBGMがあるのだろう。ちなみにセコイア公園では雰囲気から何となくベト6の1楽章をかけてみたが、マイナスイオン的という共通点はあれどやっぱりちょっと違った。車中でクラシックが良いと思うことができるようになるには、環境あるいは自分の成熟度がイマイチである。。