授業のリーディングがとても参考になったのでメモ。
1. 要約
原題は『起業家が知っておくべきもの:ファイナンスの観点から』というものでHBSの教授によるもの。
起業家のためのペーパーとのことだが、起業家に限らず将来の経営者やCFO・あるいは金融機関・コンサルタントにとっても必要不可欠な論点が実にきれいに網羅されている。
要旨は
・ファイナンスとは(1)キャッシュ(2)リスクそして(3)価値について考えるための手がかりであり、
・これら3要素についてきちんと理解をしておくことは起業家にとって必要不可欠である。
・具体的には云々
ということで、上記(1)~(3)について具体的な議論が展開される。
2. キャッシュ
■ 経営者は損益ではなくキャッシュフローを見て意思決定や分析を行うべき。会計は別モノ。
■ 意思決定の尺度には、会計損益による指標(ROEとか)ではなくNPVを使うべき。
■ 経営者や従業員のインセンティブ設計(あるいは報酬設計)は、会計利益ではなくNPVをベースとすべき。
□ 会計上の利益を良くするためにキャッシュフローが毀損されうる。
□ 今年一年の利益を良くするために、将来のキャッシュが全て織り込まれたNPVが毀損されうる。
■ 税負担の最小化を図るべし。ただし法の範囲で
■ 成長メカニズムを理解すべき
□ 成長のためには資産の積み増しが必要。
□ 資産を増やすためには負債でもエクイティでも、何かしら資本を増やす必要。
□ バランスシートを拡大させることなく売上高の成長というのは、一般的には非現実的。
□ あわせて、インフレを考慮すべき。名目では成長していても、実質ではどうか?
■ 経済のパターンを理解すべし。
□ 季節性・ビジネスサイクル・景気変動等。
□ 変動パターンを予測しきる必要はない。誰も明日の金利を予言できない。
□ でも、どんな変動のときにはどんな対応をするか、準備できてないとまずい。
□ 大事なのは予測ではなく対応。
■ シナリオを描き不確実性に立ち向かえ。
□ 最悪の事態を想定すればいいというわけじゃない。大事は大事だが、滅多におきないことだけ備えてもダメ
□ 起こりうるシナリオを考えて、そのシナリオに対する対応を考えるのが肝要
□ 過去から線形回帰すればいいってものじゃない。あらゆる情報を使って、起こりうることを最大限考える。
□ 繰り返しだが、肝は読み切ることじゃなくて対応できるようにしておくこと
■ すべてのキャッシュフローを考慮せよ。
□ 計画中の案件のキャッシュを見るだけじゃ不十分。
□ プロジェクトに連動して、既存ビジネスのキャッシュフローが変化しないかどうかもチェック
■ とにもかくにも、キャッシュを切らすな
3. リスク
■ システマティックリスクだけ見れば良い
□ リスク=システマティックリスク(マーケット全体が揺れたとき自社がどの程度揺れるか)
+アンシステマティックリスク(マーケットに関係ない個別のリスク)
□ アンシステマティックリスクはあなたの会社に投資している投資家が分散投資で消してくれている。
□ なので、経営者はアンシステマティックリスクは気にせず、システマティックリスクだけ考慮すればよい。
□ すなわち、自社が分散化できてなくても(というかそれが普通)、リスクパラメータはベータのみで良い
■ 割引率
□ 色々議論はあるが、最低限、リスクフリーレート+ビジネスリスクプレミアム+ファイナンスリスク
プレミアムという基本構造は理解しておくべき
■ リスクマネジメント
□ 基本ポイントは(1)何が起こりうるか?(2)その可能性は?(3)もし起こったときにどう対応すればよいか?
□ 具体的なツールは(1) シナリオ分析(2)パターン認識等、キャッシュの項で既に述べたもので良い。
□ 移管できるリスクは移管せよ(保険・リース等の活用)。
■ リスクは時が経つにつれて変化することを心得よ。
□ リスクがずっと不変と思い込むなかれ。日々上記3ポイントの見直しが必要。
■ リスクとインセンティブ・報酬
□ リスクが反映されない絶対額ではなく、リスク考慮後の相対的なパフォーマンスを報酬のベースとすべし。
□ 一期間のパフォーマンスではなく、長期間のパフォーマンスを見るべき。
□ 最低限、パフォーマンスとインセンティブをちゃんと連動させるべし。
■ 各種ルール・法制度が変わりうるのもリスク。変わったらどう対応するか考えておくこと。
□ ルールを絶対無二の所与とみなして思考停止しない。
□ どのルールが変わりそうか、その可能性はどんなもんか、変わったらどう対応するか。
4. 価値 (キャッシュをリスクで割り引いたものが価値)
■ 価値はキャッシュとして回収してナンボ。会計上の価値に惑わされない。
■ プラスのNPVの案件を見つけることと、迅速にそのチャンスをモノにすること、煎ずればその2つに尽きる。
■ 感応度分析をせよ
□ キーファクターが何か特定するのが一仕事。
□ シナリオ分析は可能性の大きなものについてピンポイントで検討するものだが、感応度分析は
可能性ありきではなく、虚心にキーファクターが動いたらどうなるか検討するもの。スタートが違う。
■ 一般均衡に対する配慮。
□ ある変数が動けば、普通は他の変数も変化する。
□ 偏微分的に「他の変数をすべて固定して...」というアプローチも有益だが、それで全てを語らないこと
■ 価値を生み出す契約を締結すること。
□ 経営者の仕事は、言ってしまえば、契約を結ぶこと。
□ ひとつひとつの契約がプラスのNPVを生むものかどうか、意識を忘れないこと。
■ 市場の効率性について
□ もちろん、いつも何でも市場が効率的ということはない。
□ でも、頭ごなしに市場の効率性を否定してはダメ。
市場が間違っているという発想からスタートするアクションは得てして大失敗に繋がる
(現行の金利は高すぎる!よって固定調達はしない、とか)
□ 市場の効率性に対する懐疑心を持っていることが肝要。効率性を全面否定しては駄目。
□ 市場が非効率であるという発想から何かをするなら、非効率である原因について説明できる必要がある
■ オプションについて理解せよ。
□ 経営の色々な側面にオプション的性格を有するものが含まれている。
□ ブラックショールズを理解せよとは言わないが、基本構造(ボラが上がるとオプション価値が高まる等)は
理解しておくべき。
□ それがオプションであるという認識、どうすれば価値が最大化するかという理解があるとないとでは
そのオプションの使いこなし度合いに天と地の差。
■ フレキシビリティは価値である。
□ 余剰資金は、金利負担があるが、その一方でフレキシビリティという価値をもたらしている。
□ コストと対比すべく、今の自社にとって必要なフレキシビリティの程度等について意識を巡らせること。
5. まとめ(自分の私見。本文の要約ではない)
○この基本原理のようなものを意識して臨むのと臨まないのでは、経営者・金融マン・コンサルタント等、今後の仕事ぶりが大きく違ってくると思う。少なくとも自分について考えると、ここに書いてあること全てを体得(知っているというレベルではなく使えるレベル)していれば、過去の顧客や関係者に3倍から10倍は価値を提供できた気がする。
○ファイナンスとはバリュエーションやブラックショールズといった小手先テクニックに非ず。ファイナンスとは、ものを考えるにあたっての基本的発想なのだ。もちろんファイナンス以外にも身に着けておくべき基本的思考回路は数多くあると思うのだが(ビジネスに絞ればこれ以外に経済・マーケティング・オペレーション等もおそらく同様に基本的発想と言えるのだろう。また、ビジネスに限らないなら歴史観や哲学といったものも有用だろう)、ファイナンス出身者として、上記に整理したようなファイナンスの基本思想くらいは使えるように体得しておきたいものだ。