Wednesday, February 15, 2012

上級会計メモ(8) ~加速自社株買い~

■自社株買いのおさらい

・自社株買い。余った資金で、配当する代わりにマーケットに出回っている自社の株式を会社が買ってしまうという技。

・1億円の配当も、1億円の自社株買いも、現金が1億円減って株主資本も1億円減る。この意味で、株主全体で見れば、配当と自社株買いの経済的意味は同じ。個別の株主レベルでは、全員があまねく1円くらいずつもらうことになる配当と、自社株買いに応じた株主だけがキャッシュバックできる自社株買いで意味合いは変わってくるが。

・一歩踏み込むと、配当にかかる税率と株式売却益(売買差益)にかかる税率は多くの国で異なる。税前ベースでは「株主が総額1億円キャッシュバックを得る」という意味で同じ両者だが、税引後レベルでは得てして自社株買いの方が得なことが多い。

・配当は予め決められた回数(年一回とか、二回とか)しかできず、しかも配当額もなかなか柔軟には変更できない。他方、自社株買いは、その時々に応じて(もちろん各種必要手続はあるけど)タイミングや金額を調整できる。

・会計的には、流通株数が減る一方で利益は減らないので(余っているキャッシュを還元するだけなので、理屈上、利益は影響を受けない)、EPSが改善する。

・手続的には、まず取締役会が「1億株を上限に、向こう半年以内であれば自社株買いしてよし」みたいな決議を出す。それに基づきマーケットで取得を進めるのだが、結局何株買い戻せるのか、いくらになるのかといったことは終わってみるまで分からない。逆に言うと、自社株買いしようと思った瞬間に株価が急騰した日には、「やっぱやめた」と自社株買いをやめてしまってもあんまり問題はない(信任毀損という問題はありうるが)


■ 加速自社株買い(Accelerated Share Repurchase:ASR)
※強そうな名前...

・通常の自社株買いは、宣言しても、終わってみるまで買い戻せる株数がわからない。この不確実性は実に気持ち悪い。

・その気持ち悪さを無理矢理解消してくれるのがこのASR。

・ASRは間に投資銀行が挟まり、2ステップに分けて取引を行う。

・ステップ1:買い戻すと決めた株数すべてについて、仲介者たる投資銀行がマーケットから借りてそれを全て企業に売る。この時点の決済額は、株数×その日の時価となる。この時点で、企業は、買い戻したいと思っていた株式すべてをただちに入手できたことになる。

・ステップ2:帳尻合わせ。いまのところ投資銀行は株式を借りているので、別途マーケットから買い集めては返すという作業をしなければならない。ステップ1は一日でバシっと行われるが、ステップ2は9か月くらいでちびちびと進められるらしい。このとき、当たり前だが、買い集めるときの株価はステップ1のときの株価とズレる。もしステップ2における平均的な株価がステップ1での株価を上回るとき、生じる追加的なコストは発行体(企業)が投資銀行に支払う。

・例。ヨセミテ興業(?)が、どうしても即座に1億株の自社株買いをしたくなったとする。そこで投資銀行に1億株をかきあつめてもらい、その日の株価\100で1億株を買い付けた。支払総額は100億円。

その後、投資銀行は、借りた株を返すために、9か月かけてゆっくりと株式を買い集めた。平均株価は\130であったので、かかったコストは130億円。30億円余分にコストがかかったので、ヨセミテ興業は9か月後に追加で30億円を投資銀行に支払った。

※もちろんその要所要所で投資銀行は手数料を取っている。上記は手数料込み。

■ASRの論点

・ステップ1の時点で結構なリスクを取ることになる。ざっくり言うと、取得した株数×(今後9カ月の平均株価-今日の株価)だけの追加費用がステップ2で発生してしまう。普通の自社株買いであれば「株価が高くなっちゃってるから、やっぱやめようか」と立ち止まることができるが、ASRでやってしまうともう立ち止まれない。完全に「走り出したら止まらないぜ」状態。適当に先物とか使えばヘッジできるのかもわからんけど。

・その代わり、ステップ1の段階でほしかった株式は全株買戻しできるので、EPS圧縮は完全に達成される。

・しかし、少なくともUSGAAPでは、ステップ2で生じた差額支払を、EPS計算から控除しなければならないそうな。この差額はあくまで資本取引に関するもので損失ではないのだが、ステップ1の段階でEPSを過大申告したことに対する辻褄合わせみたいな意味合いなのだろうか...(??)

・あわせて株価連動債(Equity-linked Note)などを発行しておくと、自社株買いで調達した株式を安価に株価連動債の支給株式として使うことができたりするとのことだが、ちょっと理解が浅井...