これまでもいくつか書いた「統計的有意性の低い、超主観的なんちゃって日米文化比較論」の一つ。
最近ふと思ったのだが、アメリカに来て、苦労自慢をされることが格段に減ったような。苦労自慢とは、「●●時まで残業したぜ」という武勇伝とか。結果ではなくプロセスや努力をアピールする点、その努力はしなくてもよかった努力である点あたりが特徴。
自分は2年目とかに、苦労をアピールして上司先輩にたしなめられた思い出がある。
それ以降、自分としては苦労自慢をせずに済むように、苦労する前に仕事を終えたいと思いながら働いてきた
*けど、まだできるようになったとは思わないし、苦労を自慢したり愚痴ったりしたくなることもしばしば)。そんな自分の苦い思い出があるので、苦労自慢とか、無駄な残業とか、そういったものに自分は強い抵抗感を持っている。まあでも残業手当は大いに欲しいのだが...
しかし、ここアメリカでは、そういった「苦労自慢をされてむっとした経験」を殆どしていないことにはたと気が付いた。おそらく、自分の記憶の限りでは、アメリカにて正面きって苦労自慢をかましてきたのは前の班のJ君だけだと思う。「俺はこんなに頑張っているのだから、俺の答案を採用しろ」とか何度か無茶を言われた記憶がある。でも本当にたぶんそれだけ。
感心するのは、どう考えても彼ら同級生はけっこうがっつり苦労しているように見える点。彼らは確実に苦労しているのに、それにもかかわらず苦労自慢をしてこない。明らかに苦労していて疲れている友人はたくさんいる。就活等が大変すぎてミーティングまでに宿題をやってこれない友人なども少なくない。しかし、「俺は苦労しているから云々」と自慢したり、苦労していることを材料に何か自分に有利な結果を引き出そうとしたり、そういったことをしてくる友人は少なくとも自分の周辺にはJ君一人しか今のところ存在しない。宿題の例で言うと、明らかに大変そうなのに無理して宿題を頑張ってくる人か、言い訳なしで「すまん」の一言で宿題をやらずに来る人かの一方。なんだこの武士道精神を持った人間集団は。
これは果たして、アメリカ人、というか、「MBAに来るようなアメリカ人」という人々に間である程度共有されている価値観なのだろうか。クラスメートだけではサンプル数が少なく、確信を得るにはやや心許ない。しかし、仮にそうだとすると、日本人の自分としては素直に賞賛して見習いたい。