経済学で最初の方に習うサンクコスト。
よくある例は、株で既に100万円負けてしまっているとき、新たに他の株を買うかどうかというもの。
こういう判断をするとき、既に負けている100万円にひきずられてしまうと「もう買うしかない」とか思ってしまいがちなのだが、セオリーでは「サンクコストの100万円は考慮せず、新たに買う株が良いのか悪いのか、そこだけ見て判断しよう」というもの。
つまり、経済学のセオリーとしては「サンクコストは無視せよ」というのが定石なのだが、経済+心理学と言ってよいネゴシエーションではややトリッキーなところがある。すなわち、「サンクコストを思い出させる」という心理学的なテクニックがありうる。
例:
Lowさんは、自力では車を50万円で売ることができるが、Highさんに頼めば、Highさんはその車を100万円で売ることができる。さて、LowさんはHighさんにいくらで車を譲るのがいいだろうか?
この例だと、Lowさんは、もしネゴシエーションをしなくても最低でも50万円は利益を得ることができるが、ネゴ次第ではそれ以上に利得を得ることができる(最高100万円)。他方、Highさんは、ネゴをしなければ一円も得られないが、ネゴ次第ではいくらか利益を得ることができる。
ある程度理詰めで考えると、
・Lowさんは、最低でも50万円は獲得できるはず。仮にHighさんが50万円以上要求してきたら、そのときは単に「じゃこの話はなかったことで」と交渉をやめてしまえばいいからだ。いわゆるBATNA。
・なので、論点は、「Highさんが売ることで生まれる追加的な50万円」だけとなるべきで、Lowさんが交渉せずとも得られる50万円はいわばサンクコストとして扱われるべきである。
・すなわち、Lowさんが最低限得られる50万円は議論の遡上に上げず、追加的に得られる合計金額である50万円についてのみ交渉がなされるはずである
・一例としては、この追加的利得50万円を半々に折半するのが公平であると言える。すなわち、Lowさんが50万円+25万円=75万円、Highさんが25万円。
しかし、教授がこの事例について学生等を使って検証したところ、半数の回答者は「Lowさんは75万円以下、Highさんは25万円以上」という結果となったという。すなわち、Lowさんが妥協することが多かったということ。
これは、Lowさんが50万円の「最悪でも稼げる利益」をサンク(考慮不要な金額)と判断しきれず、「自分は50万円利益があるしな...」と妥協してしまっていることを示唆する。逆に、Highさんの戦略として、Lowさんにとって50万円がサンクであると承知していたとしても「お前、最低でも50万円稼げるんだろ?俺は最悪ゼロよ」とLowさんの心理に訴える作戦がありうるということ。
教訓:
サンクコストは理論的には無視されるが、心理的にここを意識させる(無視させない)ことで、一方が得する場合がある(この例で言えばHighさんが25万円以上稼げるかもしれない)。頭でっかちに「サンクだから気にしちゃだめ」とか言わず、自分の利益になるなら一応突っついてみるのが良い。
○ ゴールへのフォーカス
交渉にあたっては、自分がその交渉で得たいものが一体何なのかよく理解する必要がある。そうすれば、本当に必要なものについては不用意に妥協することが減るし、不可欠でないものについてはあっさり妥協することも可能になるからだ。
例えば、とあるポカをしてしまった得意先のもとを訪問する状況。場合によっては先方が賠償請求をしてくるかもしれない緊張感のある状況。間違いなく怒鳴られるし、下手したら殴られるかもしれない。
こんなとき、まずあなたは「何がゴールか」を明確に意識して臨む必要がある。
・もし目的が「損害賠償を回避すること」なのであれば、多少怒られたりすることを厭ってはならない。
・もし目的が「怒られないこと」であるのなら、たとえば「損害賠償払うんで許してちょ」と言うことがありうる。
自分の短い社会人経験でも、「すげぇなぁ」という先輩は得てしてここができていた。絶対譲れない目的と妥協を厭わないそれ以外を区別して、それ以外の要素を妥協しつつきっちり主目的をはたす。逆に「イマイチ」な人は、たとえば対顧客も社内の書類仕事も残業をしないこともアレもコレも達成しようとして、結局どれもイマイチであるといった感じ。
結構、あきらめていいものを諦めるという決断力って、いまの日本社会では割と希少性がある気がするのだがどうだろうか。。