ただし、よく日本で行われているような「一般論として持家か賃貸かどちらが得か?」という話ではない。取り扱ったのはマサチューセッツ州の郊外の住宅地の物件で、
・いま賃貸で住んでいるX通り12番地の家が、来月から家賃が大幅増となってしまった($3,000→$3,600)
・ふと隣の家を見ると、なんと似たような家である14番地の家が$600,000で売りに出ている
・もしかして、$3,600払って賃貸し続けるより、いっそ$600,000払って買っちゃった方が得なのではないか?検討してみようか
という一般的というよりは個別具体的なケース。で、各種条件(ローン金利、ローン期間、保険料等)が細かくケース内に指定されているので、学生のタスクは(1) 所与のデータをもとにちゃんとモデルを作って、(2) それをもとに合理的な判断を下す、と言う課題であった。
で、モデルはすごく大雑把に言うと下記のような感じになる。(1)賃貸モデルと(2)持家モデルの総コスト、あるいはNPVを比較して、コストが小さい方を選ぶのが望ましい...という感じ。
比較の際に重要となるのは、何年間住む計画であるかということ。ここの前提の置き方で、結論も大きく変わってくることが多い。
(1) 賃貸モデル
・借りるだけなので、それ以外の費用は基本的になし。
・インフレ率あるいは予想される家賃上昇率を用いて、将来の家賃はちゃんと値上げして考えること
($3,600→$3,600→$3,600...ではなく、$3,600→$3,650→$3,700...みたいな感じで)
・なので、全体的なイメージは
▼ 初期費用・撤退費用・・・ゼロ
▼ 年間の基本的な支出・・・家賃×12($3,600×12=$43,200)
となる。
(2) 持家モデル
・こちらは(i) どのくらい頭金を払いどのくらいモーゲージ(住宅ローン)を組むか、(ii) モーゲージの契約をどのようなものにするか、(iii) 処分時の処分価格はいくらになるだろうか、など多くの要素が影響するよりややこしいモデルとなる。ちゃんと作るならエクセルでやるのだが、ここではその概要を書いてみると、
▼ 初期費用・・・頭金+取得手数料(物件価格の●%)+固定資産税(物件の◎%)
▼ 処分時・・・・ローン残高(退去時に完済するという前提)+販売にあたっての不動産業者への仲介手数料+処分価格-処分価格。処分価格よりもローン残高の方が大きいなんて事態になると結構大変なことになる。
▼ 年間支出・・・税務上、控除できるものとそうでないものに分けられて、
(控除可能):ローン利息、固定資産税・・・これらは税率(35%とか)の分が還付される(Credit)。
(控除不可能):ローン元本、保険料、修繕費。ただしこれはアメリカの事例なので日本では税務ルールが異なることもある。
一般的な指標として使われるのがPITI (Principal, Interest, Taxes, and Insurance). 修繕費は日常的に発生するというよりはその時々発生する一時的なものなので除外して、それ以外の毎月一定額支払うことになる支出の総称。教授によれば、PITIは月収の28%程度に収まることが望ましいとのこと。
(3) 両者の比較
ここでは簡便化をはかりNPVではなく単純に合計金額について考えてみる。
最終的には、それぞれについてコスト総額を計算してそれを比較するのだが、そのコストは①取得時コスト+②年間定期的に発生するコスト+③処分時のコストに分けられる。
①取得時コスト、③処分時コスト
賃貸については、この両者は完全にゼロとなる。
他方、持ち家の場合は、モーゲージ組成手数料、住宅購入時の各種手続き費用、住宅処分時の仲介手数料といった手数料が発生する上、住宅の取得時と処分時の価値の差異分がコストとして発生する。$600,000で買った家が$500,000になれば、処分時に$100,000のキャピタルロスが発生するということ。
持家が値上がりする可能性も(特にアメリカでは)存在するが、手数料については確実にマイナス。
②定期的に発生するコスト
これは、家賃とPITIを比較することになる。
なので、①+③と②をそれぞれ見てあげることで、持ち家か賃貸いずれがお得か判断できるという感じ。
<好況のUSでありがちなパターン>
・好況だと、処分時に住宅が買値以上の価格で売れる。すなわち、①+③がゼロ、あるいは下手するとプラス(コストではなく収入)になる
・で、家賃とPITIを比較すると、だいたい同じくらいか、あるいは家賃の方が高い
・なので、①+③についても②についても、持ち家の方が賢明な選択肢だったりする
<今の日本でありがちなパターン>
・日本の場合だと、得てして家賃よりPITIが安く、「こんな高い家賃払うくらいなら、同じ金額の住宅ローンを払って自分の城を持った方がいいじゃないか...」という主張が非常に強く跋扈している。たとえば、家賃は年間350万円だが、PITIは年間300万円しかかからないという感じになりやすい。ひとつの原因は住宅ローンの金利の低さ。
・が、①+③について、処分価格が購入価格と比べて大きく低下することが多いので、仮に②が持家の方が有利だとしても、結局ここで大きく差がついて賃貸が有利となることが多い。持家にしたら②について年間50万円ほど持家の方がトクだが、①+③で1,000万円賃貸の方が得...みたいな事態が多い
・30年くらいの長期間住む前提で考えれば、持ち家が少なからずメリットが出てくる。上記の例でいえば、年間50万円の得×30>1,000万円。逆に、10年くらいで住み替える前提ならば、50万円×10年<1,000万円と、持ち家がむしろデメリットとなる。資産価値の低下が見込まれる日本では、長期間住む覚悟があるなら持家にも理はあるが、短期間で住み替えるなら賃貸の方が有利なことが多い。
長くなったが、検討のための基本的な考え方を習得できたのは、MBAレベルでの学びかどうかは怪しいが、個人的には大変参考になり刺激を受けている。