昨日のエントリの続き(参照:Link)。昨日のリーディングに関して、派生的に思ったことについて。
■ きのうのリーディングは、
○ 起業家にとって重要なのは商機を逃さないこと、そして実行力。念入りな調査・企画は最重要ではない。
○ 理由1:競争が苛烈なので、アイディアを洗練させることよりもとにかく初めて立場を築く方が重要になる。
○ 理由2:不確実性が高いので、調査しようにも詰め切れない。やってみないとわからないことが多い。
というもので、ありていに言うと「走りながら考える態度」が重要であるというものであった。
■ 実際、自分が見聞きする範囲においても、起業家・経営者と呼ばれる人々は上記のような態度を基本スタンスとしている方が少なくない。戦略性・用意周到さを是としつつも、あくまで行動が伴って価値が出るといった感じ。
■ ところで、こういったスタンスとおおむね反対側にいるのが、学者・評論家なのかなぁと思っている。「走りながら考えて、結果を出す」というよりは、「考え抜いて、真理・あるいは理想を追求する」という感じ。
■ ところで、最近、経営者が日本の政治経済について論評したり、事業仕分け等を通じて政策のプロセスに関与する機会がかなり増えている。経営者あるいは元経営者の多くは、上記「走りながら考える」というスタンスに基づき、さまざまなアイディアを出して「駄目だったら修正するなり中止するなりすればよいのだから、何もしないよりはやった方が良いだろう」と呼びかけ、そういったアクションに対して官僚が守勢に回るといった状況が散見される。
■ この状況、これまでは自分としては良いことだと思っていた。しかし、昨日のリーディングを読んだ結果、少し考え方が変わってきている。「走りながら考える」ことは、いいことかもしれないが、絶対的にいいこととまでは言えないのではないか?と思うようになっている。
■ 走りながら考えるやり方がアントレプレナーに求められるのは、まず走ることのメリットの方が考え抜くことによるメリットより大きいからである。その点、政策立案プロセスにおいては、まず走ることのメリットは起業家ほどには大きくないように思われるし、逆に考え抜かないことによるデメリットが大きいようにも思われるので、ビジネスほどには走りながら考える必要がないのではないか。
○ 国家というのは定義上国内においては独占体であり、実業家の方々のような「俺がやらなかったら、明日にもあいつにやられてしまう」という競争にはさらされていない。外交や金融政策等、国際的な分野では他国政府との競争に直面するが、それも言ってしまえば寡占である。これはすなわち、政府がものごとを急いで決める必要性は、ビジネスと比較すると低いということになる。
○ リーディングにも書かれていたが、方向修正のコストの大小により「走る」と「考える」のバランスは変化する。方向修正に多大なコストが伴う場合、起業家といえど、ある程度考えることに対するウエイトを増す必要がある。その点、政府の各種政策というものは、方向修正のコストが滅茶苦茶大きい。消費税率がいつになっても変わらないこととか、具体例には枚挙にいとまがない。また、特に財政金融の分野では、政府や中央銀行に対する信任が重要。一朝一夕に対応を変えてもおかしくないとマーケットに思われてしまったら最後、今のような財政赤字水準で低金利を享受することは難しくなる。政府の方針はそのような点においてより「ブレない」ものである必要がある。
■ ここまで、ビジネスと政策決定の相違(競争の程度・方向転換コストの大小)を論じた。それにより、ビジネス的「走りながら考える」思考回路は政策決定の実務にそこまで完全にフィットするわけではないということを論じてみた。他方、政策決定は学術行為でないことも同様であることにも留意する必要がある。政策決定には常に不確実性が伴う以上、全員が納得するまで結論を出すことは不経済であるし、おそらく不可能だ。不確実性が伴う以上、現存の情報を頼りに、リスクを承知の上でとにもかくにも決断を下さなくてはならない。決断に躊躇しがちな点・意思決定に不慣れな点においては、官僚や政治家もある意味学者サイドに位置付けることができるように思われる。
■ 昔から、経営者出身の人が日本の政治経済に対して「走りながら考えろ」と提言し、評論家等がその論理の不完全性をあげつらうという不毛なやり取りが散見される。これは、両サイドとも相応に正しいことを言っているのに、お互いが暗黙の前提として抱える思考回路が噛み合っていないので議論も噛み合っていないのではないだろうか。ビジネスマン出身者が「走りながら考えれば良い、というわけではない」ことを理解して、学者・官僚サイドの人が「不確実性は決めない言い訳にはならず、不確実性中でも最善の決定をしなくてはならない」ことを理解することで、現状の政策運営の「空回り感」は多少なり解消されないものかと感じている。
※ ちなみに、そんなことを思っているため、政治家経験者なのに下手な経営者出身者よりもよほど勢いよく(軽いノリで)「やってみようぜ」みたいなことばかり言っている元政治家なんかのことを、自分はどうも好きになれない。軽すぎる。。